【元日本代表!?医学部!?蹴球部主将!?】究極の文武両道を体現する男、古田京とは【前編】

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2018年12月22日 大学選手権 準々決勝 vs早稲田(東京・秩父宮ラグビー場)

ラグビーの大学日本一を決める大学選手権。

日本一を目指し戦っていた慶應蹴球部は早稲田に敗れ、準々決勝で姿を消すこととなった。

後半ロスタイムでの逆転負け。わずか30秒あまりで両者の運命は大きく変わってしまった。

慶應にとってはまさに悲劇。あまりにも残酷すぎる結末が彼らを待ち受けていた。

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その10日前。私たちは蹴球部の主将である古田 京さんにお話を伺う機会が得られた。

様々なメディアでも注目されている古田さん。究極の文武両道と評されている古田さんの真の姿は如何に。

主将として古田さんがチームに寄与してきたモノ、劇的な敗戦を経て新チームに受け継がれた思いとは。

今回は、現役医学部生でありながら高校日本代表の経歴をも持つ119代目蹴球部主将、古田京さんに迫ります。

 

 塾生証
氏名:古田 京ふるた きょう
学部・学年:医学部4年
所属団体:蹴球部
出身校:慶應義塾高校
主な出場歴:第94回全国高校ラグビー大会(通称:花園)
代表歴:2014年度 高校日本代表

 


写真提供者:慶應義塾體育會蹴球部

 

とりあえずやってみて、ダメだったらやめれば良い


編集部:本日はよろしくお願い致します。

古田さん:よろしくお願いします。

編集部:まずはじめに、大学進学をする際に医学部への進学、蹴球部への入部を決断されたと思うのですが、その経緯と最終的に両立をしようと決断した決め手などがあれば教えていただけますか?

古田さん:先に医学部進学が決まっていて(内部推薦のため)、その後に体育会への入部を決めました。蹴球部入部を決めたのは、「とりあえずやってみよう」という風に大学の監督から言っていただいだことが大きかったです。

他にもヘッドコーチや先輩に相談して、最終的にはとりあえずやってみて、ダメだったらやめれば良いと決断しました。

両立が難しいことをわかった上でも、大学でもラグビーを続けた理由としては(高校の)全国大会で負けたことや高3で高校日本代表に選んでもらったこと、大学のヘッドコーチ、監督の言葉ですね。

 

編集部:最終的にどのタイミングで入部を決断されたのですか?

古田さん:高3の2月に大学のヘッドコーチ、監督と色々話し合って、3月頭の代表の遠征の後に決めました。

 

編集部:ちなみに、代表はどのように通達されるのですか?

古田さん:実は自分のところに通達が来る前にSNSで知ってしまいました(笑)

その後すぐに通達が来ました。発表と通達が同時だったようです。

編集部:選出された時は、どんな心境でしたか?

古田さん:1年生の頃から高校の代表みたいなものはあったものの、そこには全然絡んでいなかったので、高校3年生で初めて選出されてびっくりしました。

 

編集部:大学進学する時から、忙しい大学生活になるだろうと覚悟していた部分はあると思いますが、実際にどうでしたか?

古田さん:ラッキーだったなと思っているのは、慶應の医学部が勉強以外の事柄に取り組むことに対して寛容だったということです。

他の医学部は出席のチェックが厳しく、毎日朝から晩まで授業に出席するそうなのですが、慶應は少し他と違うようです。

医学部の皆も助けてくれて、色々な要因含め医学部とラグビーの両立は慶應にしかできないことだと感じてます。

 


写真撮影者:岡本爽吾

編集部:学校としても学業以外での時間を大切に、という方針の表れなのでしょうか?

古田さん:そうですね。医学部にも医学部体育会という組織があり、大体全員何かしらの部活に入っています。多くの人が何かのスポーツに取り組んでいるため、その雰囲気もあって自分がラグビーをやれていると思います。

 

編集部:大学1年次はどのような生活を送っていましたか?

古田さん:毎日学校(日吉キャンパス)と下田グラウンド(日吉駅から徒歩10分)の往復でした。

編集部:蹴球部の練習は朝と夜の2回?

古田さん:そうです。朝は6時半〜7時頃から1時間ほどウエイトをします。

夜は日によって、皆が間に合う時間で17時〜18時頃から20〜21時頃まで練習で、その後寮(下田寮)の人は寮に、実家の人は実家に帰ります。

 

編集部:入寮するタイミングも古田さんは早かったと聞きました。

古田さん:大学1年生の冬に入寮しました。2年生でキャンパスが信濃町になるのですが、そうすると

家・日吉での練習・信濃町での授業、そして授業が終わったらまた日吉で練習・家に帰るという移動がさすがにきついと感じました。そのため、日吉と信濃町だけの移動になるようにしてもらいました。3・4年生から入寮する人が多いのですが、

部としても自分のことを応援してくれて、入れてもらえたと感じています。

編集部:2年生になってキャンパスが信濃町になり、寮に入ったとはいえ当然移動距離も長いですし、授業自体も増える中で一番大変だったことはなんですか?

古田さん:授業も2年生と3年生は多く、毎日学校に行かなくてはなりませんでした。特に2年生の秋は実習しかなく、その期間は月曜日から金曜日まで本当に大変で、色々な人が想像するような医学部とラグビーの両立を想像通りそのままこなすハードな生活でしたね(笑)

 

編集部:試合に出始めたのは2年生の秋だと伺いました。この時期は部にとってもシーズンだと思うのですが、どのような生活を送っていたのですか?

古田さん:ウエイト後に朝食では授業に間に合わないため、6時に起床し朝食を食べ、6時半から1時間ウエイトし、すぐに着替えて登校、1限から実習をこなし、昼休憩、また実習をして、17時半からの練習に出るために授業が終わったらまたすぐ日吉に帰り、練習が終わったら寮戻って勉強し、就寝という流れです。

 

編集部:めまぐるしいですね…(笑)そのような日は、大体1日何時間勉強していたのでしょうか?

古田さん:あまりできませんでしたね(笑)

11時には必ず寝ると決めていたので、11時に寝て、また次の日6時に起きるという、10月〜12月はずっとそんな生活を送っていました。月曜はオフで少し楽でしたが、火曜から金曜はずっと毎日そんな生活です。

月曜日も学校には行かなければなりませんし。

自分でも、その生活はすごいと思います(笑)それ以外はそこまですごいとは思っていません。

でも、2年生の秋は本当に大変でした。

 

写真撮影者:岡本爽吾

編集部:授業が講義スタイルだけではなく実習だったり、授業内の小テストなど参加度の高い授業が医学部は特に多くあるなかで、私が一番不思議だなと思っているのは、授業に行っただけではダメで、授業の形態に合わせて予習・復習など授業以外の時間もしっかりと確保しなければいけない部分です。そういう時間はどのように確保していたのでしょうか?どこにそんな時間があるのかと不思議です。

古田さん:正直言って、自分でも分かりません(笑)でも、ちゃんと勉強はしてましたね。

特に2年生の秋は忙しかったため、移動時間も勉強していました。土日の練習・試合が終わった後や、月曜日のオフはほとんど勉強していましたね。本当に遊ぶ時間はありませんでした。

10月の頭から12月の頭まで月に1回、計3回テストがありました。2回目のテストが本当に印象的で、ちょうど時期がハロウィンと被っていたため、土日の夜に皆が遊んでいる中ずっと自分は勉強していたことをとても覚えています。周りの皆が遊んでいる中、なんで自分だけ勉強してるのかなと少し思ってしまいました(笑)

 

やりたくない時はやらない


編集部:主将に任命された時期と経緯を教えていただけますか?

古田さん:12月に1つ上の代が負けてしまった後ですね。主将は、1月の頭頃から同期で7、8回の話し合いをした後、最終的には投票を行いました。

1、2週間ぐらいかけて、最終的に候補が何人かいる中で学年で投票して決まった形です。

 

編集部:もともと主将をしたいという気持ちはありましたか?

古田さん:やりたいというより、自分自身の立ち位置的にも学年内での役割としてもまとめる立場だとは思っていて、それは高校の時もそうでした。例え主将に選ばれなかったとしても主将という名前がつくかつかないかの差で、やること・役割は変わらないと思っていました。

 

編集部:伝統校で歴史のあるチームの主将というところで重圧を感じる場面はありましたか?

古田さん:特に僕たちは花園(高校の全国大会)に10年ぶりに出場した代ということもあり、周りの方からの期待の声は聞こえていました。結果を出さなくてはならない代だとはずっと感じていました。

 

編集部:古田さんはただでさえやることがたくさんあって、時間的にもちろん大変な部分があると思うのですが、それ以上に精神的な面でも大変な部分がたくさんあったかと思います。精神的に負担を強く感じた時はどういう風にマインドのチェンジをしていましたか?

古田さん:そうですね、やりたくない時はやらない、という気持ちがありました。勉強したくない時はラグビーをするし、逆も然りです。

そういう時に軸が2つあってよかったなと思います。

ラグビーしたくない時は勉強をし、勉強したくなった時はラグビーをする。逆に、今はラグビーをやりたいなという時は勉強はあまりしないし、勉強したくなる時・しなければならない時は、一回ラグビーから離れて勉強します。

ある程度決められている時はどちらかに特化する必要がありましたが、自分で自由に使える時間はそうやって切り替えていました。

例えば、16時半から練習がある時は、15時以降は勉強のことは考えたくありません。15時以降はラグビーの時間にするため、勉強とラグビーの間に昼寝して切り替えて、その後にラグビーの映像を見たりします。そのように気持ちの切り替えは行なっています。

 

編集部:やりたくない時はやらないというポリシーは、高校生の頃からのことですか?

古田さん:そうですね。高校生でも大学に入ってからも勉強とラグビーという2つの軸があったからこそ、やれてきたというのはあります。


写真撮影者:岡本爽吾

 

編集部:もともと医学部に進学したいという想いは前からありましたか?

古田さん:もとから入りたかったわけではありません。成績がたまたま良かったので、学部推薦のタイミングで考え始めました。花園が12月末〜1月の頭に行われるのですが、その花園の前には志望学部を出さなくてはならず、12月のテストが終わった頃から周りがざわつき始めて、全員の中でお前は何位だとかそういう話題もありました。それで自分の成績もなぜか知られていましたね(笑)

その頃から真剣に医学部を考え始めて、医学部に進んだ普通部の先輩に話を聞いたり、医学部ラグビー部の繋がりでOBの方と話す機会をいただきました。

医者にはラグビーで培うことができる体力とコミュニケーション力が必要なものの、そのような力を持っている人が今は少ないと言われている、という話を耳にして、自分にはそれができるかもしれないと思い医学部を選びました。

 

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「一つのことだけやってたら嫌になってた」

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